皆さんこんにちは!
CEGハウジング、更新担当の中西です
~“くみ取り”の時代から「水洗化の救世主」へ~
浄化槽(じょうかそう)は、普段は地面の下にあって、存在を意識することがほとんどありませんよね
でも実は、浄化槽は日本の“公衆衛生”と“水環境”を支えてきた主役のひとつ。特に下水道がまだ行き届かない地域では、浄化槽がなければ水洗トイレの普及はもっと遅れていたはずです✨
そして、その浄化槽を
✅設計・選定し
✅掘削して据え付け
✅配管・放流先を整え
✅届出・検査・引き渡しまでまとめる
のが「浄化槽設置業」。つまり、暮らしの水の“入口(トイレ・台所・風呂)”と“出口(放流)”をつなぐ、生活インフラの職人仕事なんです♂️
戦後の水洗化ニーズの高まりから、単独処理浄化槽の急速な普及、そして法整備(浄化槽法制定)へ至る流れを、歴史ストーリーとして分かりやすくまとめます✨
戦後の復興期〜高度成長にかけて、日本の暮らしは大きく変わりました。
人口が増え、都市も地方も住宅が増え、生活水準が上がっていく。すると当然、みんなが求めるようになったのが…
水洗トイレにしたい✨
ニオイやハエの問題を減らしたい
きれいな暮らしをしたい
でも、ここで大きな壁がありました。下水道が整っていない地域が多いことです。
下水道は大規模な公共工事で、時間もお金もかかります。そこで「自分の家の敷地内で処理して放流できる仕組み」として普及していったのが浄化槽でした。
環境省の資料でも、昭和30年代後半〜50年代(1950年代後半〜1970年代)に、下水道未普及地域で水洗化要求が高まり、し尿のみを処理する“単独処理浄化槽”の整備が急速に進んだと整理されています。
ここでポイントは「単独処理」だったこと。
単独処理浄化槽は、基本的にトイレの汚水(し尿)だけを処理する仕組みです。
当時の暮らしの実感としては、
くみ取り便所から水洗へ✨
自宅で衛生的に処理できる
生活の快適さが一気に上がる
という、めちゃくちゃ大きな進歩でした。
そして浄化槽設置業は、この時代に一気に仕事として確立します。
現場ではこんな工程が増えていきました
現地調査(敷地・放流先・土質・地下水)
掘削・床付け・砕石転圧(沈下対策)
浄化槽据付・水平確認
配管(勾配・逆流・点検口)
ブロワ設置(ばっ気)
埋戻し・仕上げ(沈下防止)
届出・検査対応✅
つまり浄化槽設置業は、単なる“穴掘り”ではなく、衛生設備+土木+施工管理の複合技術として育っていったんです♂️✨
単独処理浄化槽の普及でトイレの衛生は改善しました。
でも、もうひとつ大きな水がありましたよね?
台所の排水(油・洗剤)
風呂の排水(皮脂・石けん)
洗濯排水(洗剤)
これらは生活雑排水と呼ばれ、当時は未処理のまま川や側溝へ流れてしまうケースが多かった。環境省資料でも、昭和50年代以降、生活排水による水質汚濁が全国的な課題になったとまとめられています。
つまり、トイレだけ処理しても、水環境の問題は解決しない。
この気づきが、次の時代を開きます
ここで歴史の大きな節目が来ます。
1983年に浄化槽法が制定され(1985年施行)、浄化槽の設置・管理・資格制度などが法的に整理されました。
浄化槽法が重要なのは、浄化槽を「なんとなく設置する設備」から、
**社会的なルールのもとで運用する“生活インフラ”**へ格上げしたことです
設置業の立場で見ると、この法整備は大きいです。なぜなら…
施工品質の標準化(いい加減な施工が許されにくくなる)
資格や点検の枠組み(管理の仕組みが整う)✅
施主への説明責任(引き渡し後の維持管理まで含めた提案)
など、「設置して終わり」ではなく、適正な管理まで見据えた仕事へ変わっていったからです。
浄化槽は、家の外にあるのに、実は地域の環境に直結します。
放流先は、側溝→用水路→川→海…とつながっていくからです
だから浄化槽設置業は、施工だけでなく
放流先の条件確認
近隣配慮
行政手続き
維持管理への橋渡し(保守点検・清掃・検査の説明)
といった、地域インフラの“調整役”にもなっていきます✨
1950年代後半〜単独処理浄化槽が水洗化要求を支え急速に普及
1970年代以降、生活排水(雑排水)が水質汚濁の課題に
1983年に浄化槽法制定、1985年施行でルールと仕組みが整う